城岳同窓会の紹介

資料4−二中健児の塔

 
 

二中健児の塔慰霊祭
− 2005年6月23日 −

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「平和の誓いの言葉」〜生徒代表〜

 今から66年前、世界的規模の大戦争と言われている、第二次世界大戦が始まりました。欧州諸国で始まった、この戦争は後に、戦域が全世界へと拡大し、世界中の人々に恐怖と悲しみを、6年間も与え続けました。日本で唯一の地上戦となった沖縄は、忘れることのできない6月23日を慰霊の日と定め、戦後60年が経とうとしている今日でも、戦争の真の怖さや、犠牲となった人々が体験した辛い悲しみを忘れず、二度と戦争の無い恒久平和を祈り続けています。

 現在、平和に暮らしている私達は、実際に戦争を体験していません。だからこそ、同じ過ちを二度と起こさないために、より多くのことを学ばなくてはいけません。そこで、私は図書館に足を運び、色々と調べてみることにしました。展示されている当時のパネルや新聞等を見て、沖縄戦の悲惨さを改めて痛感させられました。私たちの先輩にあたる沖縄県立第二中学校の生徒たちは、鉄血勤皇隊や通信隊として、学徒動員させられました。鉄血勤皇隊は銃や手榴弾を持ち、防戦あるいは敵陣に突入し、そのほとんどが壮絶な最後を遂げました。一方通信隊は、上陸してきた米軍の集中砲火を浴び、徹底的な攻撃をうけています。二中の学徒隊の犠牲者は106名におよびます。それだけでなく、沖縄戦は、日本軍が取った「出血持久作戦」つまり、長く持ちこたえながら敵軍に犠牲を強いる作戦のため、多くの沖縄県民の尊い命が奪われました。その数は九万四千人ともいわれています。

 戦争が終結し60年が経ちますが、すべて終わったわけではありません。今なお残る基地問題や現在浮上してきた「国民保護計画」など、まだまだ多くの問題が絡んでいます。確かに60年も経てば・軽く考えがちになる人もいるかもしれませんが、そうではいけません。現在に残る多くの課題を、今度は私たちが考え、解決していかなければなりません。沖縄戦を美化しつつある現代に、私は大きな危機感を抱いています。沖縄戦が「有事」の教材にもなりました。私は沖縄戦から学ぶことが違っていると思いました。沖縄県民だけでなく、風化しつつある日本国民全体の視野を変える必要があると思いました。同じ過ちを二度と繰り返さないためにも、絶対に戦争に協力しないという姿勢を持つことが大切です。このことを踏まえ、私たちは二度と戦争をしないことを決意し、ここ二中健児之塔に祀られている196名の御霊のご冥福をお祈りし、永遠に安らかならんことを願って誓いの言葉とします。

2005年6月23日
     那覇高校 生徒代表
       いのり 幸恵

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